小四の娘に聞いてみた「ママに足りないものは何ですか?」たった一つの、その答えとは・・・

けむり@令和元年です。

って、使い方わからず@とか付けてみましたがw

ご無沙汰してる間に、我が娘たちも

長女:小4

次女:4歳・幼稚園年中

三女:3歳・幼稚園年少

と成長致しましたー!

そもそも、このブログを始めたのは長女が小学校に入る年のこと。

まだ三女は0歳児で、保育園がいっぱいで入れませんー!(いわゆる待機児童)のころでした。

その頃は、

「子どもが小さい頃や小学校に慣れない頃は家にいてあげたい・・・」

という思いと、

「とはいえ、私自身の夢をあきらめたくない!私は私で精神的にも経済的にも自立していたいんだ!」

という思いの間で揺れ動いていた頃でした。

そんな中、

ブログを通して自分の仕事を作ることを夢見て、

情報を探し、

自分なりに信頼できる先生や教材を見つけながら、ブログを立ち上げたものでした。

そこから、3年以上の月日が流れました。

ブログは・・・

自己評価では、相変わらずぱっとしません。
自己満足以上の何物でもないものだといつも思っています。

とはいえ、

時に、こんなマイナーブログを見つけてくださって、
誰にも言えないような悩みを吐露していただく機会も、多々恵まれてきました。

そんなご縁に出会う度に、
不器用で手探りでみっともないながら、

こんな拙いブログでも、作ってみて良かったのかもしれないな・・・

そう、思わせていただいているのです。

もっと外で働こうかな。

正社員になればバリバリ年収◎◎円と言えるかな。

人に堂々と言えるような肩書があれば、もっと自分に自信がもてるのかな。

そんな迷いは、今でも常に自分のどこかにあります。

恍惚と不安。

語ればきりがないかもしれません。

そして

その思いは、自分の内側だけでなく
近くにいた子どもたちにも伝わっていたのだなと思う出来事がありました。

なんてことはない。

長女の保護者会で担任に言われた一言。
(ちなみに保護者の半分も出席してないような寂しい保護者会です)

「宿題を忘れる子が多いんですよー。
毎日、計算・漢字・音読の三点セットは宿題に出してますからチェックして下さいね」

とのこと。

私の長女は、自己管理がしっかりしているタイプ。

何も言わなくても、宿題を終え、明日の準備を整え、提出物もチェックしている。

「うらやましい・・・!」と他のお母さんに言われることもあるけれど、

「いやいや、私が余裕がないから、自分でやるしかないのだと思います」

そう答えたのは、本音以外のなにものでもなかった。

実際、私は余裕がなく何もしなくて、

長女はもれなく自分のことは自分でできる子供になっていったし

それは「自立」という点では、良いことではないかと、実は今でも思っている。

今でも思っているのだけど、、、

「三点セット」と聞いてぎくりとした。

漢字も計算も、毎日こなしているのは知っている。

でも、いつからか

長女は私の前で音読をしていない。

小1、小2の頃は、毎日帰宅後の音読が日常の光景だったはずなのに。。。

音読をしていない事実よりも

それがいつからか?わからない自分に、愕然とした。

もちろん、帰宅後に長女に聞いてみた。

「音読の宿題も毎日あるんだよね???
ママは一回もチェックかいてないよ???どうしてるの???」

素直に音読カードを見せてきた長女。

そこには、明らかに長女自身の鉛筆書きで、音読チェックマークが書かれていた。

(小4ともなると先生もよく見ていないっぽいです)

よくあることだよね。

よくあることだよ、子どもが自分で代筆するやつ。

わかってる、
頭では分かっている。

でも、どうしても「なんで何も言わずに書いたのよー!!!!」と責めずにはいられない私。

そして、長女からの答えはどこかで、分かっていた。

予測通りの答えが返ってきた。

「だって、ママが忙しそうだったから。
だから自分で○したんだよ。音読はちゃんとしていたよ」

この解釈は、いくつもの方法があることもわかっている。

真実かもしれないし、ただの欺瞞かもしれない。

答えは恐らく、娘の中にではなく私自身の中にあるのだと思う。

「ああ、私は子供を見る余裕が確かになかったな」

私は、そうとらえた。

長女にはそれは伝えなかった。

でも、自分が悔しくて情けなくて、なぜか涙が止まらなかった。

涙がやんだ後に、できるだけさりげなく娘に聞いてみた。

「ママは良かれと思ってこの生活を頑張ってきたつもりだけれど何か足りなかったかな?」

長女の答えは、一言。
毅然としていた。

「足りなかったものは、空白だよ」

と。

ドラマのようですが、本当に布団の中でさっき聞かれた一言なんです。

空白。

空白。

空白。

色々思うことはあるけれど、

というか、私の言い分もたくさんあるのだけれど、
(年子の姉妹がいるとか、仕事しながらの子育てとか、その他いろいろ自分なりには精いっぱいなんだよー!とかとか)

でもね、足りないものは愛でも努力でも情熱でもなく

空白

であったと

実は、その一言に私はどこかで心から納得し

心から感謝もしているのだ。

確かに私には、空白が足りなかった。

何年も何年も。

いつも、

欠けている何かを埋めるために

足りない何かを補うために

誰かのために、何かのために、

もっと力をつけなければいけない

空白に身をゆだねる余裕がない日々であった。

日々というか、

そもそも私自身の人生が

自分の空白を許す余裕がないものだったと思う。

とりとめのない日記になってしまったのだが、
背景には、最近の様々な出会いや別れがあったりも、する。

私は、

自分の、

他人の、

空白を、

いや、

塗りつぶされた黒済みであっても

いわゆる、世の中としては役に立たないと思われがちな時間やすき間や心の片隅に

想いを馳せられる人間でありたい。

そんな自分の原点を思い返した、今日の新月の日。

きっかけとなった長女の言葉に感謝しつつ、

とりとめのない日記を書いてみたのでした。

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