教育ビジネスの裏側。森絵都「みかづき」のモデル塾・元社員が語る思い

前記事子供の習い事や塾の月謝。教育費を捨て金にしないために必要な親の考え方で「教育はビジネス化している」と書きました。

ただ、教育のビジネス化=悪、とは言い切れない想いもあります。

学習塾の裏側から感じた想いを綴るとともに、ここでも改めて
「親として」子供の教育を考えるときに大事なことをまとめていきます。

そこでご紹介したい小説があります。

今年の初めにドラマ化(永作博美・高橋一生主演)もされた、
森絵都「みかづき」

ドラマはたったの5回だったので、原作をかなり改編していましたが、
原作は分厚く読み応えのある、ある家族の3世代に渡る長編ストーリーです。

学習塾にいた者としては、共感ポイントが満載で胸がいっぱいでしたが、
一般の読み物としても、引き込まれる魅力ある物語です。

ご紹介しつつも、ネタバレはなしで進んでいきますね。

(この小説のモデルとなった塾が私の以前勤めていた会社という噂がありまして|д゚)
小説もドラマも見ましたが、モデルとなっている感じはまったくなかったものの、
森絵都さんが3ヶ月に渡って学習塾の現場にみっちり取材されたというのは節々から伝わってきました)

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小説「みかづき」は、昭和36年から始まります。
主な登場人物は二人。

吾郎:小学校の用務員であるが、勉強のできない子供たちに放課後、無料で補習を始める。
その丁寧な教え方に成績が伸びる子が続出し、生徒にも保護者にも強く信頼を寄せられる。

千明:シングルマザー(娘は吾郎の小学校に通う)で、戦後のこれからの教育は国(文部省)
任せではいけない、と自ら「学習塾」の立ち上げを決行する。
吾郎の指導センスに目をつけて、一緒に塾を立ち上げようと誘い込む。

大らかな性格で、少し抜けている、
でも「子供のため」の情熱は熱く、人間味溢れる吾郎。

冷静沈着に、時には強引に行動を起こし、
ナイフのような鋭さをもって道を切り開いていく千明。

対照的な二人が家族となり、学習塾も成長していく中で
戦後・高度経済成長という時代の波にのまれていく・・・

というストーリーなのですが
(大好きすぎてネタバレしそうなのでここまでに)

この対照的な二人というのは、学習塾業界にいる人間を「象徴」しているんです。

吾郎とは:教育とは「子供のため」というのが信念
千明とは:教育であっても学習塾は「ビジネス」であるというのが信念

もちろん、どちらか100%という人は(私含めて)いないです。

が、
「子供のために」「ビジネスとして」
この割合のどちらが強いかで、現場の人間は2種類に分かれていました。

(会社内の立場によっても変わってきますが、
もともとのその人の価値観や性質によるものが大きいんじゃないかなあ、と私は思う)

どちらがいいか?

親としては、断然前者である
「子供のために」全てを捧げてくれる指導者の方が嬉しいですよね?

子供が分かるまで、情熱をかけて、
無料でもとことん付き合う。

塾の損得勘定なんかより、目の前の子供が最優先。

私も現場にいるときに、そういう講師になりたいと思っていました。
塾の経営事情なんて、目の前の子供たちには関係ない。

だから、同じように「子供第一」の先生たちを尊敬していましたし、
そういうタイプの講師と仲が良かったです。

だから会社の上司(経営陣)から

「あの子の志望校のランクを上げさせろ」
(上位校の合格数が多いことは会社の宣伝になるからです)

「退会はなんとしても食い止めろ」
(月謝の大きな損失です)

「講習は絶対に受けさせろ」
(季節講習やオプション講座は塾にとって稼ぎ時)

などと現場(目の前の生徒)を無視したままの指示がくだされることには
いつもどこかで反発がありました。

(集団授業が合わない生徒もいるし、オプション講座を受ける余裕がない子もいるんです)

だから、吾郎に共感しました。

損得勘定抜きで子供にとことんつきあう。
我を忘れて、子供のためにプリントを作り続ける。
寝ても覚めても「わかりやすい教え方」を考えて、
授業のあとは同僚と飲みながら熱く教育を語り合う・・・

そんな吾郎に対して、いつも冷静に塾の「経営」を考え続ける千明。

その冷たさは、かつての会社(学習塾)の上層部を思わせました。

しかし、物語の第二部は千明の視点から描かれます。

表には出さないけれど、胸に抱えた深い葛藤と孤独。
吾郎に寄り添い続けたい想いもありつつ、
学習塾も「一企業」である以上、生き残ることには必死です。

実際に、高度経済成長期に塾は乱立していきました。
その中で講師の引き抜き、労働組合の対立、授業のボイコット、
足を引っ張り合うような嫌がらせ・・・

私がかつて研修で教わった「塾の生々しい歴史」がみかづきにも描かれていました。
(森絵都さんの緻密な取材に脱帽!)

その中で生き残るには、経営戦略が必要不可欠だったのです。

「学校教育が太陽だとしたら、塾は月のような存在になると思うんです」

太陽(学校教育)に照らされない子供たちにも、十分な光(学び)を与えたいー
これは千明の言葉であり、
千明は千明の視点、やり方での「子供のため」という信念があったのだろう・・・

千明の視点を見ながら、私は会社の経営陣を思い出していました。
人、として嫌いな人は一人もいなかったな。
優しい言葉をかけてもらったこともたくさんあった。

今となっては温かい思い出もたくさん浮かんでくる。

塾の先生の中には、会社を辞めて独立を果たす先生もたくさんいました。
大抵そういう先生は吾郎タイプ、
つまり「子供のため」に一生懸命で、指導力はものすごく高い。

会社の理不尽な指示に反発し、真に「子供のため」になる塾を作ろうと立ち上がる。

私もたくさんそういう方を見てきました。

しかし、

しかし、

本当の本当に残念ながら(だって本当にいい先生たちで、
私も自分の子供を通わせたいくらいの塾なのです)

たいていそういう個人塾は長続きせず、潰れていきます。

個人塾は年間数千と廃業しているというデータも聞いたことがあります。

学習塾、というのが企業(ビジネス)である以上、
ボランティアでも、国の補助金で成り立つ事業でもない以上、

経営努力は絶対に、必要不可欠なのです。

派手な広告、通いやすい立地、駅前のビル、知名度、ブランド力・・・

いくら中身が良くても、
個人塾が大手塾に対抗することは不可能です。

その事実を考えれば、
一見悪者に思えた千明(=会社の経営陣たち)の功績に
私がケチをつけることなんて、できない。

例えそれが、時に子供や保護者の利益とは相反していたとしても。

まったく別の視点から淡々と語られる物語。

どちらも魅力的なその人物たちを眺めているうちに、

悪者なんていないのではないだろうか

信念の方向性が違っただけで、
突き詰めるとどちらも「愛」の一つの形だったのではないだろうか

そんな思いさえ、湧いてきたのでした。

え、じゃあ何が言いたかったのさ・・・(;´д`)

一番言いたかったのは、それ(子供のためという思い、教育を続けるためのビジネス化の両方の視点)を踏まえたうえで

「親として何を選択するか」という視点を持つ大切さ、です。

大事なまとめは次記事に続きます・・・!



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