ひとりぼっちがたまらなかったら
私が忘れた歌を
だれかが思い出して歌うだろう
私が捨てた言葉は
きっとだれかが生かして使うのだだから私は
いつまでも一人ではない
そう言いきかせながら
一日中 沖のかもめを見ていた日もあった
寺山修司「少女詩集」より
ブログをやめようと思ったことが何度もある。
特に、更新が空いてしまったとき。
誰も気にしてなんてないだろうけれど、「書く」と決めた自分との約束を守れないことに腹が立った。
ブログをやっていて良かったと思ったことも、何度もある。
読んでくださった方から、メッセージやコメントを頂いたとき。
ブログがなければ出会うはずもなかった人とのご縁に感動したとき。
ブログがきっかけで、やりたかった仕事が見えてきたとき。
そして昨日も「ああ、ブログを続けてきて良かったなあ」と心から思った。
きっかけはブログの大先輩である方から
「言霊があふれていて思わず涙ぐみました。」とメッセージを頂いたこと。
(その記事:バブル崩壊と家族の崩壊、父の借金問題から気づいたこと)
褒めてもらえたから嬉しい
というのもあるのだけれど、
自分の思いがこうやって形に残せたということ、
そしてたった一人でもそれを読んでくれた方がいるということ。
それって奇跡のようなことだよなと改めて思ったのだ。
私の父は酔っ払うとよく、言っていた。
「俺は年金生活になったら、自叙伝を書くんだ。
行きつけの居酒屋で出会った人たちの物語を、書き留めておきたいんだ」
そんな父は年金をもらうことも、
物語を書き始めることもないままに、亡くなった。
いつものように大好きな居酒屋で機嫌よく酒を飲み、
お会計を済ませ、
駅に向かう途中で倒れるように座り込んだ。
忘年会シーズンに、都心でよく見かける酔っ払いの一人。
親切な通行人が通報してくれた時にはすでに亡くなっていた父。
葬儀で父の悪友たちは口を揃えた。
「何もわからないまま、突然死なんて羨ましすぎる死に方だよー!」
母も吐き捨てるように言っていた。
「ほんと、そう思うわ。好き勝手やって、自分だけ先に逝っちゃって」
私も、父は好きに生きて、死の恐怖も感じないままに死んでいった、
幸せな終わり方だったと思っている。
ただ、心残りがひとつだけ。
父が書いた物語を読んでみたかったな、ということ。
酒を飲むと大声を出したり、暴言を吐いたりが日常茶飯事だった反面、
シラフの時は無口で、自分を語ることのなかった父。
バブル景気の、いい時代も、その後の悪夢も経験した父。
おそらく、神田の小さなその居酒屋で、父は
自分のように人生に挫折した人たちにたくさん出会ってきたのだろう。
その物語は、読んでみたかったなあと今でも思う。
父の急な死で、悲しむ暇もなかった母親だが、一度だけ泣いていた。
父は晩年、タクシーの運転手をしていた。
でも、父の友人たちは誰もそのことを知らなかったのだそうだ。
学生時代からの友人が言ったらしい。
「あいつのお父さん(私の祖父)は、よく、車の運転なんて男の最後の仕事だ
(するもんじゃない)って言ってたんだよ。
だからタクシーの仕事をするなんて、あいつのプライドが許さなかったんだろうな。
俺たちには『(前の仕事である)食品関係で店長をしているから忙しいんだ』としか言ってなかったよ。」と。
それでも家族のために、父はタクシーの運転手を続けた。
ちゃんと家にお金を入れ続けた。
「あんなに仲の良かった友達にまで、仕事のことを嘘ついてたなんて・・・
どれだけストレスだっただろうね。それで寿命を縮めちゃったのかもね」
そう言いながら、電話越しに母は泣いていた。
私の勝手な予想だけれど、
母はこのことで、父を許すことができたのではないかと思っている。
自身は仕事で大成功を収め、富を手にした祖父。
(私の生まれる直前に亡くなったので、会ったことはない)
けれど祖父の仕事観は非常に偏っていて、その言葉はものすごく失礼なものだと、
今でも思い出すたびに腹が立つ。
そんな言葉を真に受ける必要なんて、なかったのに。
父は自分の仕事に、
家族のために働くことに胸を張れば良かったのに。
私はそう思うけれど、
父は祖父の呪縛から解放されることはなかったのだろう。
そんな父の思いも、
私のちっぽけな経験も、
なんの役に立つこともなく、ただ、消えていくだけのものに過ぎない。
虚しさは常にあるけれど、
それでも私は、父と違って、書いた。
未熟で、未完成なままでも、書いた。
ブログという、自分だけの言葉を発する場所。
そんな場所を作ることのできた自分を、
ちょっとだけ、誇りに思う。
完全な自己満足であることもわかっているけれど
亡くなった父や祖母のことを書き残せたことも、嬉しい。
私が捨てた言葉は、きっとだれかがいかして使うのだ
孤独な思春期を支えてくれた寺山修司の詩を、ふと思い出した。
(冒頭の詩はこちらの詩集に収められています)