もぐらFPがお金と向き合った原点・実家の借金問題を振り返る

いきなりお知らせですが、5月に「お金と向き合うセミナー」をやることになりました。

ブログの師匠や、仲間と一緒のセミナーです。
(詳細はまたこっそりお知らせします・・・)

で、昨日はセミナーに向けて集まってきました。

けむりは何を話すのかって?

昨年末からありがたいことに、マネー相談にお客様が来てくださることが増え、
私自身も実践的なお金の知識や、実際のお悩み解決例が積み上がってきました。

それをいかにわかりやすく、ご自分の悩みに置き換えていただける伝え方ができるように・・・

と台本をせっせと作ってみたのですが、

仙人な師匠の切り口はそこではありませんでした・・・w

「なんでFPの資格とったの?」
「なんでお金と向き合おうと思ったの?」

私自身に対する問いかけをひたすら投げかけられる中、蘇ってきた記憶が。
それは思春期の頃。
世間はバブル崩壊で大騒ぎだった、あの頃。

ブログでは詳しく書いたことがなかったのですが
(ブラック企業とか、夫の不倫とか色々あって忘れてたのです・・・w)
改めて「お金」に心が揺さぶられた最初の原点だったなーと思い出してきたので
書き留めておこうと思います!

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私の実家は、いわゆる中流サラリーマン家庭。
父、母、祖母(父の母親)と弟と私の5人家族。
特に不自由を感じることなく幼少期を過ごしていました。

私が生まれる半年前に亡くなった祖父は、お金持ちだったそうです。
祖父は競馬新聞の編集長やらアナウンサーやらを仕事としていた人。
本も出したり芸能人の友人もいたそうで、
当時は東京郊外に大きな家を持ち、祖母のお金の使い方も豪快だったとか。

「おじいちゃんが生きていれば、あなたは小学校からお嬢様学校(私立)に通えたのにね~」

祖母は度々そんなため息をついていましたが、
別に私立に行きたいという願いもなかったので、聞き流していました。

父親は普通の営業職でしたが、今思えば時代が「バブル」だったんですねー

私が小学生の頃は、家族で外食することも多く
「え、またレストラン行くの?家でいいよ~」
と贅沢な感想を持ったこともあるほどでした。

流れが変わったのは、私が高校生の頃。
時代は「バブル崩壊」による、不景気の波がじわじわと押し寄せてきました。

とはいえ、高校生の私の関心事といえば

「どうしたらもうちょっと痩せられるだろうか」
とか
「テストの点数を上げるには」
とか
「女子の人間関係をどう切り抜けるか」

なんてことばかりで、世の中のお金の流れに気づくスキマもない日々でした。

我が家族に訪れた最初の出来事は
「叔父が行方不明になった」ということ。

叔父というのは、父親の弟です。
結婚したけれど数年で(叔父の浮気が原因で)離婚。
サラリーマンを辞めて自分で事業を起こし、世田谷区の一等地に住み、ベンツを乗り回すような人。

こう書くと、バブル日本によくいた成金にしか思えませんがw
ノリが軽く気前よくおもちゃを買ってくれる叔父。
しょっちゅう、優しくて可愛いガールフレンドを連れてくる叔父。
冗談ばかりいって笑わせてくれる叔父のことが、私も弟も大好きでした。

その叔父が、行方不明だという。

元々マメに連絡をよこすタイプではなかったので、叔父が行方不明というのは
度々我が家にかかってくる「借金返済の催促」電話によって判明したのでした。

家族のいない叔父は、借金の保証人として私の父と祖母を立てていたのです。

その頃から、夜になると大人たち(父、祖母、母)が話し合う時間が増えていきました。

空気を察して、私と弟は寝室に早々と引き上げてしまったけれど、
直ぐに眠りにつくことはできませんでした。

一階で大人たちがどんな形相で話をしているのか、
誰かが怒ったり、喧嘩になったりしていないだろうか、

自分には入り込む余地がないのに、なんだかいつもビクビクしていました。

ただ、この問題はわりと短期間で収束を迎えます。

祖母はまだこの時60代で、勝気な性格を活かし保険屋のおばちゃんとしてバリバリ仕事を続けていました。
それに、お金持ちだった祖父の遺産も残っていたため、
祖母(と、父親)で叔父の借金を返済することができたそうです。

具体的な金額も、どんな手続きをしたのかも分かりませんが、
高校生の私はとにかく、家の空気に平和が戻ってきたことに安堵していました。

ちなみにその後もずっと行方不明の叔父でしたが、
この件から5年後くらいかな?
ひょっこり居場所が分かりました。

その間どうしていたかについては、詳細を語ることがなかったようですが、
再び私たち家族の前に現れた時には、見るからに賢そうなキャリアウーマン女性を連れてきていて
そのおかげか、
叔父と私たち家族の時間は、まるで何事もなかったかのように平和でした。

「あいつはどこまでも女に恵まれるやつだ・・・」

と父がよく言ってました。
(失踪中もこの女性が養ってくれてたらしい)

そのキャリアウーマン女性とは、本人たち曰く「ソウルメイト」らしく、
婚姻届は出さないけれども、事実婚としてずっと連れ添っていました。
(まさにこれをヒモ男というのだろう・・・)

最期は末期ガンに冒されて闘病に苦しんだ叔父でしたが、
金銭面でも精神面でもその女性はずっと支え続けてくれました。
(超一流病院の個室で、最先端のがん治療まで受けさせてもらってた!!)

今年は叔父の17回忌。

今になってわたしも叔父を思い出すたびに

「どこまでも女に恵まれるやつだ・・・」

と呟いちゃいますw

話がそれましたが、

叔父が行方不明になり借金問題が発生したこと。

それは我が家にとって、
その後続くバブル崩壊の闇の、序章に過ぎなかったのです・・・

⇒続く:バブル崩壊と家族の崩壊、父の借金問題から気づいたこと



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