海老蔵さんの会見はウソ泣き??サイコパスーその魅力や心理を学ぶ意義とは

「海老蔵の涙って、ウソ泣きだと思わない???」

先日、学習塾時代(ブラックじゃないほう)の恩師たちと再会した時のこと。
尊敬する恩師、オアシス先生が発した冒頭の一言。

先月末に亡くなった小林麻央さんの死去に関する会見での涙のことを指しています。

とっさに私は

「ええー!そんなわけないですよ!!!麻央ちゃんを失った悲しみを押し殺して、自分の職務を果たした立派な方なんですよ!私、海老蔵見直したんですよっ!そんなこと言うのは失礼ですっっっ!!」

と、日本国民代表くらいの勢いで反論していました。

わたし、海老蔵ファンでも何でもないんですけれどもね。
けれど、(多くの国民と同じく)麻央さんの早すぎる死を悼む気持ちは私の中にはっきりありました。
芸能人ブログを読まない私が、海老蔵さんや麻央ちゃんのブログを読み漁ってましたし。
海老蔵の涙を見て、一緒に泣きましたよ、テレビの前で。
麻央ちゃんの生き様には心から敬意を感じています。

とはいえ、オアシス先生とは長年の付き合いで、彼の審美眼に私は一目置いている。

職場でのエピソード例は・・・

成績優秀なとある女生徒を指して、「あの子ってハタチそこそこででき婚するタイプだよなー」
→10年後ばったりその子と再会したら、3歳くらいの男の子を連れていた(彼女はまだ20代前半)

社長のお気に入りの社員(私の上司)を指して、「あいつは頭が悪い」
→数年後、大きなミスによりまさかの自主退職

などなど枚挙にいとまがないのですが、いずれも当時の私が
「そんなことないですよーーー!!!」と反論したケースが、恩師の予言通りになっていたことは多々。

夫の不倫やら転職やら、私自身も何度もアドバイスをいただき、助言に救われたことは何度もある。

そんな尊敬する恩師なので、国民代表のタスキをいったん脇に置いて、海老蔵ウソ泣き説の根拠を聞いてみました。

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オアシス先生曰く

◆最愛の妻が亡くなって、すぐに会見なんてできる???(普通はできない)

◆悲しみをつづったブログも、よく見るととても体裁がよい(絶妙に行間をとって洗練されている)
普通はそんなところに気が回らないだろう

◆どん底の心理の時に、頻繁なブログ更新なんてできる???(普通はできない)

◆会見で、海老蔵の目から涙が出るのが絶妙なタイミングだった(計算されてる)

そんな理由から、彼の結論は

「みんなが見ているのは、海老蔵の会見ではなく、海老蔵の『歌舞伎』の一種なのだ」

と・・・・。

うーん、
皆様はどう思いますか???

確かに自分だったら、最愛の人が亡くなったらブログなんて書けないし、ましてや会見なんてできない。
だから海老蔵さんの心理や立場は想像だにできないのです。

それだけ多くのモノを背負ってる責任感があるからできるのかな~?

成田屋という特殊な環境で鍛えられていると、精神も強くなるのかな~?

私は(ちょっと忙しかったり落ち込んだりするだけで)すぐブログが書けなくなるけど、書くことが支えとなる人もいるのかな~?

想像を巡らせてみるのですが、当然、真実はわかりません。

海老蔵さんの知り合いももちろんいないので、真実を知る術は全くありません。

なので、海老蔵ウソ泣きかどうか問題については答えが出ないで終わるのですが・・・
(書いておきながらスミマセン)

一つ興味深かったこと。

「ウソ泣きしてるとすれば・・・何のためにですか??何が目的なんですか???」

恩師「それは・・・海老蔵がサイコパスだからだよ!」

そう、ここでサイコパスという言葉が出てきたのです。

サイコパスをウィキペディアで調べると

犯罪心理学者のロバート・D・ヘアは以下のように定義している。

良心が異常に欠如している
他者に冷淡で共感しない
慢性的に平然と嘘をつく
行動に対する責任が全く取れない
罪悪感が皆無
自尊心が過大で自己中心的
口が達者で表面は魅力的

(中略)

想像力が異常に旺盛で、空想を現実よりも優先する
一見才能があり博学で、地理・歴史・技術・医学など、何くれとなく通じていて話題が豊富であるが、よく調べるとその知識は他人の話からの寄せ集めである。

弁舌が淀みなく、当意即妙の応答がうまい
難解な外来語や人を驚かす言説を好んでなす。

人の心を操り、人気を集め、注目を浴びることに長けている
自己中心の空想に陶酔して、他人の批判を許さない。
自ら嘘をついて、いつのまにかその嘘を自分でも信じ込んでしまうのである。

(参考:Wikipedia

嘘をつく、共感しない、良心がない・・・

そんなところが大きな特徴のようです。

海老蔵さんが『仮に』サイコパスだとすれば、必要な時に、自分を過大に見せるために泣くことが簡単にできてしまうはず。そこに思い・感情がなかったとしても。。。

サイコパスというと酒鬼薔薇のような、凶悪犯罪者のイメージがあるかもしれません。
が、そうとは限りません。
IQが高くて魅力的な人たちが多く、国会議員、会社社長、弁護士、芸能人など、華やかな経歴で活躍している人にも多くいるそうです。

最近では、人気女性脳科学者の中野さんが本を出しています。

↑画像をクリックでAmazonのページに飛びます↑
(私はまだ買っていないので、読んだらレビューします)

どうやらサイコパスというのは性格ではなく、生まれ持った「脳の性質」が要因のようです。
だとしたら、本人も「直したくても直せない」領域なんでしょうね。
(もっとも、本人は問題意識や直したい、なんて意識もないのかもしれませんが)

私は個人的に「サイコパス」に興味を感じるので、自分の研究テーマの一つに加えたいと思います。

なぜ興味があるかというと、いるんです、一定の割合で。

「この人が何を感じ、何を願い、どう思っているのか、まーーーったく理解できない人たち」が。

職業柄、人の話を聞くことが多いのですが、たいていは「聞けばわかる」んです。
パッと見怖いのに、話したらいい人だった、気の弱い人が強がってただけだった・・・のように、腑に落ちることの方が多いです。

が、

どうしても、どれだけ話を聞いても、想像しようとしても、理解できない人たちというのは一定の割合でいるのです。
(我が夫の中にもそういう部分はあります。)
理解を断念するのがタフラブ(課題の分離)の基本なのですが(詳しくは過去記事)私は気になっちゃうんですよねーーー。趣味の領域かもしれませんが(苦笑)

そんな、理解できない人間と向き合わざるを得ないとき、「サイコパス」という概念を知ることで、何かヒントがあるのかもしれないという予感がしています。

ただ3点、自戒を込めて書きます。

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◆サイコパス=犯罪者、問題がある人、というわけではありません。むしろ魅力に富んだ人も多いようです。たとえば「神経質」と言っても人によって0~100くらいの濃さの違いがあるように、サイコパスにも「その要素が少しアリ~とても強い」まで、グラデーションになっているのではないかと予想されます。

◆アドラー心理学では「原因」を求めず「目的」を考えよ!と言われます。あの人の性格が悪いのはサイコパスだから!
←これは原因探し。原因を探しても現実も未来も何も変わりません。「サイコパスを知る『目的』」がある場合のみ、研究すればいいと思います。

◆私の目的は「知ることによって、理解不能な人間関係のストレスを減らす手段とすること」です。サイコパスはウソつき、自己中心的な人が多く(でも魅力的だから人が集まる)、苦しむのは恐らく周りの人たち。不用意に傷つかなくて済む知恵を見つけたい。

少し古い本ですが、これもサイコパスが題材になっているそうです。

くれぐれも相手を非難したり、差別したりする目的ではありません。
平和な人間関係作りのエッセンスとして学んでみたいと思ってます~。
学びがありましたらまた記事を書きますね。

海老蔵の涙からのサイコパス研究宣言になりました。
お付き合いくださりありがとうございます<(_ _)>



5mail

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コメント

  1. リスリス より:

    洞察力のある方、まれにいますよね。
    自分がどう見られているか、怖くすらありますね。

    私も記事の会見は演出だと思いました。
    最後の言葉が愛している、だという所で嘘だと確信しました。「意識が遠のいて反応はありませんでしたが、家族に見送られました」くらいの方がリアリティあったのに。
    こちらの記事に共感します。魅力ある方、芸能界の方なのですから、そもそも私たちの常識で測ることが間違いと思っています。
    私生活を派手に演出してメディアに売るのが彼らの生き方と思います。
    もちろん普通の神経ではできないですし、私には一生縁のない世界です。
    ネットでは叩かれる意見ですが、芸能人は不倫しても問題ないとすら思ってます…(^^;)

  2. けむり より:

    リスリスさま

    コメントありがとうございます♡
    最近またブログが滞ってますが(T_T)コメントいただけてモチベーションが上がりますっ!!

    私は会見を鵜のみにしてしまった一般市民ですが(苦笑)リスリスさまこそ洞察力に富んでいます!
    私も身内をガンで亡くしているのですが、二人とも最期は言葉を発するどころか・・・という壮絶な状況でした。「愛してる」うんぬんというところは確かに噓っぽいですね。

    テレビだけでなくネットも発達し、一般と芸能界の距離が縮まったように見えてしまいますが、あくまで虚構の世界。
    そこを混同しないことって当たり前のようでいて、意識しないといけないように思えます。子を持つ親としても・・・。

    (視点は変わるのですが、性教育を学んでいる身として、例えばAVなどに代表される虚構の世界が現実に与えている弊害は身近に感じたりもしていまして(^^;)

    いつも拙い記事を読んでいただき、さらに示唆に富んだコメント、本当にありがとうございますー!!感謝しております♡