自分には母性がない?と悩んだら ②新書『保育園義務教育化』に学ぶ

こんにちは!残暑厳しい日々ですね。

さて、「母性とは」についての考察第2弾。
今回は現代新書から、私の指針をご紹介します。

その本とは・・・
テレビでも活躍中の社会学者、古市憲寿氏による
『保育園義務教育化』

保育園に我が子を通わせている身としては、大好きな本ベスト10に入る一冊。

けれど、現代日本の「お母さん」の孤独や苦しさに言及している部分は、むしろ専業主婦で子育てにかかりっきり(そして、ちょっと疲れている)な方こそ一読の価値アリ。

彼が「保育園義務教育化」を推奨する理由は大きく二つ。

1良質な乳幼児教育を受けた子供は、将来的に収入が高く犯罪率が低い
 2現代の核家族化した日本では、子育ての責任が母親に背負わされすぎている

特に二つ目。母親が重責を負いすぎ、不安や孤独を感じている現状を打開する必要性を訴え、その方法として、保育園を義務教育化というアイディアを挙げています。
それはすなわち、虐待を減らすことや少子化対策にもつながるというわけ。

・・・というと、必ず出てくるのが
「子供は生みのお母さんが育てるのが心身ともに一番良い」
という意見。
なぜなら、子供を産んだ女性には「母性」が備わっているのだから・・・

これに対し、古市氏は
「母性本能」なんて言葉、そもそも医学用語でもなければ根拠もない
ときっぱり。

その根拠として挙げられている主なものは

①古代や中世の日本では、子供を捨てるのが当たり前だった。捨てられなかった子供も、現代のように大切に育てられたわけではない。多くの人が非常に貧しい環境で暮らし、子供を十分に養うことはできなかったから。

②江戸時代には、父親が積極的に子育てに参加しており、当時の育児書は男性が男性に対して書いたものばかり。

③18世紀フランスでは誕生後の赤ちゃんを乳母に預けたり里子に出したりする習慣があった。

・・・などを、当時の具体的文献なども紹介しながら紐解いていき、

日本における専業主婦は、大正時代にサラリーマンそいう存在が生まれ、さらに高度経済成長によりサラリーマンが一般的になって以降の存在である(それまでは共働きも当たり前=育児もみんなで共同にしていた)と説明。

そもそも日本で「母性」という言葉が用いられるようになったのは大正時代以降で、それまでは「母性」なんていう言葉も使われていなかったとか!

そんなデータをもとに

「母性」にすべてを押し付けるな!

と古市氏。
「母性」は「本能」ではなく、社会や環境が生み出したものである、と。

これを聞いて、育児真っ只中のお母さんたちはどう思うのかな?

子供が可愛くて大好きで(もちろん大変なことも日々あるけれど)「母性」がアイデンティティーとなっている女性もいるでしょう。それは本当に素敵でしあわせなことだと思う

けれど私はこの本を読んで、
「なーんだ、母性を持たなきゃ、母親が頑張らなきゃって、思わなくていいんじゃん♪」
と、めっちゃ肩の荷が下りましたヽ(・∀・)ノ

余計な力が抜けたほうが、純粋に子供が可愛く見えるし、
限られた子育ての時間が愛おしくなる。
子供を預ける時の、妙な罪悪感にとらわれず、心から保育園や実母に感謝できる。

皮肉なようですが、少なくとも私には
「母性」は本能ではない!というスローガンが、育児を楽にしてくれました

以前NHKスペシャルでも『ママたちが非常事態』とドキュメンタリーが放送されていました。
ここでも、アフリカの民族が赤ちゃんを村みんなで育てている様子が紹介されています。
自分の子は私が!あなたの子はあなたが!なんてこだわりは一切なし。
子供たち、誰に抱かれても穏やかな表情👶🏻

ああ、豊かな暮らしだなあ・・・(集落は貧しい発展途上地域ですが)
じんわり心に染みた光景でした。

今、子育てを頼り会える社会を作ろうと、保育園だけでなく、さまざまな仕組み・場所が全国で生まれていますし、その動きは今後も広がっていくと思います。
そうしたら、きっとこれから「子供を持ちたい」と考える若者も、増えてくるんじゃないかなあ~ヽ(´▽`)/💕
未来に希望が見えて来るってもんです。

そして私はこれからも、保育園や母親、近所のお友達にも頼りながら、手抜きOK育児を楽しんでいくつもりです!

なので、二回に渡ったテーマの結論。

「私には母性がないのでしょうか」

→「悩む必要なし!」

ですね

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