ひとりぼっちが辛かったら・・・届けたい、寺山修司の詩

こんにちは!ブログ管理人けむりです。

1ヶ月以上ぶりのおひさしぶり投稿(T_T)
この夏・・・今まで保育園児だった長女にとって、初めての長期休暇。

私にとっても、娘とべったり?過ごす初めての夏休み。
家事やらお出かけやら時間のやりくり・・・下手すぎる自分(ノД`)💦
もう開き直って、子供との時間に集中することに。
ブログはお休みしたものの、学びも多く得られた時間ではありました。
失敗も成功もまたこちらでシェアしていきますー♪

さて今日から9月!新学期ですね。みんなどんな気持ちで学校に向かうんだろう!
我が子は久々の登校、ちょっと嫌そうでした(爆)

残念な統計もあります。
9月1日・・・この日は18歳以下の自殺者数が突出して多い日だそう。
つい先日も、中学生の自殺のニュースが続きました。

私を含め、親である人間が子供にひとつだけ望むとしたら・・・

それは

「生きていてくれること」

でしょう。

私も人の親。
学生の自殺のニュースを聞けば、心底絶望的な気持ちになると同時に
どうすればよいのか・・・考えずにいられません。

「学校に行くのが死ぬほど辛ければ、ここにおいで」
そんなスローガンで、鎌倉市の図書館がツィッターで呼びかけたこと。
それをきっかけにフリースクールが出来たケースも。

そんなニュースを読みました。
図書館でも、フリースクールでも、学校「以外」で駆け込める場所があるのは
本当に救いだと思う。

大人は逃げること(=世界はここだけではないこと)を知っているけれど、
子供にとっては
「学校=世界のすべて」
(少なくとも私はそう感じていた)

他にも世界はあるんだよ、

苦しい思いを抱えた子にはそう伝えたい。

私はいわゆる「イジメ」を受けた経験はないけれど(仲間はずれ、といったレベルはある)
それでも学校という世界が息苦しかった記憶がある。

特に高校入学直後。
帰国子女も多い国際的な高校に進んだ私。
周りは自己主張の強い個性の輝く、華々しい子がたくさん🌺

地味で埋もれる(と感じていた)私。
得意だった英語も、高校では一番下のクラス。

公立中学校で成績がトップクラス、しか取り柄のなかった私は
見事にプライドも打ち砕かれました。

心を開ける友人もできず、
自信がないから何かクラブ活動に入る勇気もなく。
今思えば、全て自分で作った心の壁のせいなのだけど、それに気づく術もなく。

授業が終わるのをただひたすら待ち望んでいました。

その頃を思い出すと、今でも台風の前日のような重い空気に包まれます。

けれど、そんな私を救ってくれた出会い。
それは

本📕

でした。
友人に心は開けなかったし、親に心配をかけたくなかった。
けれど、書店や図書館に行くと、同じような
寂しさ 悲しみ 辛さ
を描いた小説だったり、乗り越えるためのアドバイスが書かれた実用書だったり、
たくさんの「出会い」がありました。

自分の経験を思い出しても、フリースクールはもちろん、
図書館が駆け込み寺になるのはすごく嬉しい

「私には本が友達だ!それでいいんだ!」
そう決めた私ですが、高校2年に上がる頃には、心開ける人間の(笑)友達もでき、
人並みに?髪を明るくしたり、ルーズソックス履いたり(年齢ばれるっ
卒業式を涙で迎えられるほど、楽しい高校生活を過ごせました。

けれど今でも、悩んだり、辛くなったら図書館か本屋に行く。
そんな習慣はあの頃に培ったもの。
なんとかなる、ということも、大人の私は分かっている。

今となっては宝のような時間。

さて最後に、そんな絶望期の私を一番癒してくれた詩をご紹介します♪

故人である、寺山修司の詩。
寺山といえば、演劇や競馬で有名ですが、私はこの人の詩や短歌が大好きでした。
彼の作品にはどれも寂しさが漂っていて、だからこそ
「あなただけじゃない」という励ましを感じられていたから・・・

(以下、引用)

流れ星のノート    寺山修司

果物屋の店先には かならず傷のついたリンゴがまじっています
同じ一房の葡萄のなかにも 一粒か二粒の痛んだものがかならずある
人生も同じことです
同じ日に同じ町に生まれても
すべて順調にいく人と 何をやってもうまくいかない人とがある
ここにおさめた傷ついた果実たちを
運がわるかったと言うのは 当たっていないでしょう
彼女たちは より深く人生を見つめ
その裏側にあるものまで見てしまったのです
そして
そんな詩を書ける人こそ
ほんとの友だちになれる人なのではなかろうか

(寺山修司少女詩集 「愛する」より)

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